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山形地方裁判所新庄支部 昭和27年(ワ)21号 判決

原告 高橋善司

被告 国 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金八十八万七千五百円及びこれに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日以降年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、請求原因として

原告は昭和二十七年一月十日訴外高岡恭治より、当時最上郡及位村大字釜渕真室川営林署釜渕貯木場内に現存していた同訴外人所有の杉丸太七十五本二百七十五石を代金六十八万七千五百円で買受け、代金中金十万円は即日支払い残金は同年二月十日までにその支払を完了した。

ところが、右物件については訴外(本件補助参加人)武茂製材株式会社より所有権の主張があり、且つ同会社のために搬出されるおそれがあつたので、訴外高岡は昭和二十七年一月十九日右物件について当支部に対し「物件搬出並に処分禁止」の仮処分の申請をなし、同月二十一日当支部において昭和二十七年(ヨ)第一号として同趣旨の仮処分決定があり、執行吏大野秀夫は同月二十二日材木所在現場において、右仮処分の執行をなし且つ執行の現場に公示札を建てゝその旨を明かにした。その後の真室川営林署より物件移転の要望があつて、物件は約三町程距つた同村大友俊次郎所有の畑中に移されたが、依然大野執行吏によつて保管されていたのである。前記仮処分決定については被申請人武茂製材株式会社より特別の事情の存在を理由とする取消の申立があり、当支部において審理の結果同年二月十九日申立を許容して仮処分を取消す旨の判決の言渡があつたが、同判決には仮執行の宣言が附されて居り、訴外高岡はその頃判決正本を受領した。よつて同訴外人の訴訟代理人は同月二十日右判決に対し、仙台高等裁判所に控訴の申立をし且つ即日同裁判所において金十五万円の担保を供託することを条件に、原判決の執行を停止する旨の決定(同裁判所昭和二十七年(ウ)第九号)を得同日その正本を受けた。

そこで高岡の訴訟代理人は同月二十二日午前十時右決定正本に金十五万円の供託書をそえてこれを大野執行吏に提示し、執行停止の経緯を説明し、仮処分物件の一切の処置を委嘱したのである。しかるに、山形地方裁判所々属の執行吏である被告成瀬広吉は、右仮処分取消判決の執行は既に停止された事情を充分に知りながら、本件仮処分の執行責任者である大野執行吏に断りなく同月二十三日執行の現場に臨み、同執行吏の施した公示札を取外しあたかも仮処分決定の執行が取消されたのと同一の情況を作り出したので、本件仮処分中であつた材木は武芳製材株式会社のため他に搬出され所在不明となつてしまつたのである。そのため原告は訴外高岡との前記売買契約による履行を受けることができなくなつたので昭和二十七年四月二十六日右高岡との契約はやむなくこれを解除したが、別紙内訳書〈省略〉記載の金額即ち既に高岡に支払つた材木代金六十八万七千五百円及び目的物件確保のため高岡をして仮処分等訴訟手続をなさしめるために原告が高岡のために立替支払つた訴訟費用その他諸雑費(内金二十万円を請求する)はいずれも回収は不能で原告の損害となるのであるが、以上は結局被告成瀬が故意又は過失によつてなした前記仮処分の不法な解放行為に基くものであり、同被告は執行吏で公務員であるから、被告国も被告成瀬の不法行為について、同被告と共にその生じた損害を賠償する責任がある。仮に被告成瀬の所為が公務の執行ではないとすれば、被告国は同被告を使用している立場にあるから、使用者として被告成瀬の原告に加えた損害を賠償する責に任ずべきである。なお、前記特別事情の存在を理由とする仮処分取消申立事件(当支部昭和二十七年(モ)第一号)が被告国主張の通り第一審判決通り確定したことは認める。と陳述した。〈立証省略〉

被告国の指定代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実中原告主張の本件杉丸太に関し、訴外高岡恭治より原告主張の通りの仮処分申請があり、昭和二十七年一月二十一日当支部において、物件搬出並に処分禁止の仮処分決定(昭和二十七年(ヨ)第一号)がなされたこと、右仮処分決定に基き執行吏大野秀夫が、原告主張の通りその執行をなしたが、その後その保管の場所が原告主張の通り変更されたこと、右仮処分決定については訴外(仮処分事件の被申請人本件補助参加人)武茂製材株式会社より特別事情の存在を理由とする取消の申立があり、当支部において審理の結果同年二月十九日仮処分を取消す旨の判決言渡があり、右判決には仮執行宣言が附されていたこと、右判決に対し高岡の訴訟代理人より同月二十一日仙台高等裁判所に対し控訴の申立あり、同裁判所は同日金十五万円の担保を供託することを条件に右判決の執行を停止する旨の決定(昭和二十七年(ウ)第九号)をなし、右決定正本は即日高岡の訴訟代理人に交付されたこと、訴外高岡の代理人が右正本並に右保証金の供託書を大野執行吏に示したこと、同年二月二十三日山形地方裁判所々属執行吏である被告成瀬広吉が原告主張の通り仮処分執行の取消をしたこと、及び本件杉丸太が武茂製材株式会社によつて他に搬出されたことはいずれも認めるが、原告及び訴外高岡恭治間の本件杉丸太の売買契約の成立並にその解除の事実は不知でありその余の事実は否認する。原告は訴外高岡より本件杉丸太を買受けたと主張するが、訴外高岡にはもともと右物件に対する所有権はなく、このことは本件仮処分の本案訴訟である右高岡並に武茂製材株式会社間の当支部昭和二十七年(ワ)第五号事件における原告高岡の敗訴確定(昭和二十九年九月十二日)によつて争えない事実となつている。又被告成瀬が執行取消の執行をしたのは武茂製材株式会社よりの仮執行宣言付判決に基いての依頼に基くものであるが、取消執行前あらかじめ高岡の訴訟代理人鈴木弁護士(本件原告代理人)に問合せて執行停止の条件となつている担保供託書の提示を求めたが、この提示がなかつたので取消の執行をせざるを得なかつたもので、被告成瀬の行為に違法の点はない。若し仮に執行取消は当該執行を担当した執行吏(この場合大野執行吏)以外の執行吏ではできないものとの説に従うとすれば、被告成瀬は本件取消の執行をなした日の翌日即ち同月二十四日錯誤を理由に右執行を取消す旨を関係人に通知し前日撤去した公示札を再び建て直しその旨武茂製材株式会社の代理人である斎藤学二弁護士に通知したのであつたが、本件杉丸太が同会社によつて搬出されたのはその後のことに属するから、搬出は同会社の違法行為であるとしても、被告成瀬の取消執行の結果とみることはできない。なお、武茂製材株式会社が申立てた原告主張の特別事情の存在を理由とする仮処分取消申立事件(当支部昭和二十七年(モ)第一号)は昭和二十九年十月十五日上告棄却によつて第一審判決通り確定するに至つたと陳述した。〈立証省略〉

被告成瀬広吉訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として原告主張の事実中原告主張の本件杉丸太に関し、訴外高岡恭治より原告主張の通りの仮処分申請があり、昭和二十七年一月二十一日当支部において物件搬出並に処分禁止の仮処分決定(昭和二十七年(ヨ)第一号)がなされたこと、右仮処分決定に基き執行吏大野秀夫が原告主張の通りその執行をなしたが、その後保管の場所が原告主張の通り変更されたこと、右仮処分決定については訴外(仮処分事件の被申請人本件補助参加人)武茂製材株式会社より特別事情の存在を理由とする取消の申立があり、当支部において審理の結果同年二月十九日仮処分を取消す旨の判決言渡があり、右判決には仮執行宣言が附されていたこと、同年二月二十三日山形地方裁判所々属執行吏である被告成瀬が原告主張の通り仮処分執行の取消の執行をしたことは認めるが、原告と訴外高岡間の売買契約に関すること、前記仮処分取消の判決に対する高岡の控訴申立並に仙台高等裁判所における執行停止決定のこと、本件杉丸太が所在不明になつたこと及び原告がその主張の如く損害を蒙つたことはいずれも不知でありその余の事実は否認する。国家賠償法の趣旨とするところによれば、公務員の不法行為によつて国が被害者に対し賠償の責を負うに至つた場合公務員は国に対してその補償の責任はあるが、公務員個人が被害者に対し直接に賠償の責を負うことはないから原告の被告成瀬に対する請求は失当であると陳述した。〈立証省略〉

被告両名補助参加人代理人は、参加の理由として、補助参加人は被告成瀬に原告主張の仮処分執行の取消を依頼したものであり又その後本件杉丸太を搬出したものであるから、被告等敗訴の場合には同人等より損害賠償の責を追及されるおそれがあるから本件訴訟の結果につき利害関係があると陳述した。〈立証省略〉

理由

はじめに、原告の被告国に対する請求の当否について考察するのに、原告主張の本件杉丸太に関し、訴外高岡恭治より昭和二十七年一月十九日当支部に対し「物件の搬出並に処分禁止」の仮処分の申請があり、同月二十一日当支部においてその旨の仮処分決定(昭和二十七年(ヨ)第一号)がなされ、執行吏大野秀夫が原告主張の通り右決定の執行をなし、その後原告主張通り保管場所の変更をしたこと、右仮処分決定に対しては訴外(仮処分事件の被申請人本件補助参加人)武茂製材株式会社より特別事情の存在を理由とする取消の申立があり、当支部において審理の結果同年二月十九日仮処分を取消す旨の判決言渡あり、同判決には仮執行宣言が附されていたこと、右判決に対し高岡の訴訟代理人より同月二十一日仙台高等裁判所に対し、控訴の申立あり同裁判所は同日金十五万円の担保を供託することを条件に、右判決の執行を停止する旨の決定(昭和二十七年(ウ)第九号)をなし、右決定正本は即日高岡の訴訟代理人に交付されたこと、被告成瀬は山形地方裁判所々属の執行吏であるが、同月二十三日仮処分執行の現場に臨み、大野執行吏の施した公示礼を取外しあたかも仮処分決定の執行が取消されたのと同一の情況を作り出したこと及びその後右仮処分の目的物件たる本件杉丸太は、武茂製材株式会社のために他に搬出されたことは当事者間に争いがない。ところで、原告は、被告成瀬の右所為は故意もしくは過失による違法な仮処分の解放であつて、そのため本件杉丸太は他に搬出され所在不明となつた。原告は訴外高岡から本件杉丸太を買受けたものであるが、そのため同人より右杉丸太の引渡を受けることは不能となり、契約解除の結果既に高岡に支払つた売買代金並に目的物件確保のため、高岡をして仮処分等訴訟手続をなさしめるため、同人のために立替支払つた訴訟費用その他の諸雑費は、その回収が不能であるから被告成瀬の前記違法行為に基いて、原告の蒙つた損害であると主張する。よつて按ずるのに、もし原告と訴外高岡との売買契約が解除になつたとすれば、原告はその当然の効果として右高岡に対し、代金返還請求権を有するに至るのであり又原告主張の立替金が、それが高岡に対する貸付金であるにせよ同人のためにした代位弁済の性質を有するものにせよいずれにしても、同人より将来にわたつてもこれを取立てることのできる権利として存するわけであるから、原告が之等の出費を直ちに損害であると主張することは、たやすく首肯することができないが、この点に関する疑問をしばらく措くとしても、行為者が被害者の蒙つた損害を賠償する責に任ずるのは、その損害が行為者の行為に因つて生じたもの即ちその行為がなかつたならば、生じなかつたであろうと考えられる損害であることは、不法行為一般の原則とするところであつて、もし加害者の行為がなかつたとしても被害者にとつて同様の不利益が避くべからざるものとすれば、この場合加害者の行為のもたらした結果は被害者にとつて損害ということはできない。これを損害として被害者にその賠償の請求を許すとすれば、被害者は前記の避くべからざる不利益を免れることゝなつて同人のため不当な利得を許す結果となるからである。本件について見るのに、訴外高岡のために執行停止決定のあつた特別事情に基く仮処分取消申立事件(当支部昭和二十七年(モ)第一号)が昭和二十九年十月十五日上告棄却によつて第一審判決通り仮処分決定を取消す旨の裁判が確定したことは当事者間に争いのないところであるから、仮に被告成瀬執行吏による原告主張の取消執行が行われることなく仮処分執行が維持されていたとしても、右判決の確定と共に本件仮処分決定は取消され、その執行の結果原告は成瀬執行吏の行為によつて蒙つたと主張する同一の不利益を蒙ることを免れることはできなかつたのである。即ち本件杉丸太は武茂製材株式会社によつて搬出され、原告主張の売買契約は同様予期の成果を納め得なかつたであろうことは明かなところである。よつて原告と訴外高岡間の売買契約が解除になり、そのため原告がその主張の如く不利益を蒙つた事実があるとしても、右は原告としては成瀬執行吏の所為の有無に拘らず当然免れることのできなかつた不利益であつて、これを以て成瀬執行吏の行為による損害とみることはできない。尤も同じく仮処分の執行が取消されるものとしても、仮処分取消の判決が確定した上での場合と第一審判決の仮執行宣言の効果としてなされる場合とでは、その間に時の経過が存するわけであるから仮に後者の場合の執行が違法になされたものとすると、仮処分債権者は仮処分が違法に早期に取消されたこと自体によつて損害を受けることもあり得ることが考えられるが、本件においては原告は前記の通り窮極においても免れることのできなかつた損害を主張するだけであつて、この点については何等主張立証するところがない。以上によつて被告国に対する原告の請求は成瀬執行吏の故意過失の有無、損害発生の事実等原告のその余の主張に対する判断をまつまでもなく失当として棄却せざるを得ない。

次に被告成瀬広吉に対する請求について按ずるに、同被告が執行吏であることは当事者間に争がなく、原告主張の同被告の所為が同被告の公務員としての職務の執行であることは原告の主張自体より明らかなところであるから、原告主張の事実は国家賠償法の規定によつて律せらるべきものである。ところで同法の規定をみるのに、同法が民法第三編第五章の規定に比し、公務員の使用者である国に対する被害者の賠償請求を一層容易ならしめ、且つ国が責任を負うことによつて賠償の実現を確実にし、被害者の加害公務員個人に対する請求を実益のないものとしている趣旨から考えると同法は被害者の公務員個人に対する賠償請求は許されないものと解すべきであるから、本件においても被告成瀬個人に対し賠償を求める原告の請求は失当たることを免れない。

叙上の理由によつて原告の本訴請求は不適当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 藤木久)

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